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寺場 友達

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無限の話

1分テラ文書

午前6時皿洗いをした。そのあとお茶を作る。

お茶のパックは買った時は大量にあったのに、今日で半分まで使い切ってしまった。

最初は無限に無くならないと思ってたのに、半分を過ぎるとすぐに無くなりそうな気がする。

一日中何も食べずに過ごして死ぬほどお腹が減っている状況でラーメンを食べた時がある。ラーメンは美味し過ぎるし何しろ空腹なので、無限に食べれる気しかしなかったが、食べ終わった頃には普通にお腹いっぱいになったし無限じゃないなと思った。

 

僕たちの日常には無限が存在しない。どんなにお金持ちでも無限にお金があるわけではない。お金は無限に欲しいが。

 

 

無限という言葉の持つ力はとても大きい。「きゅうり」と「無限」だとしたら「無限」の方が言葉の力が強い。なんとなく雰囲気で感じ取って欲しい。

だが力がある無限そのものを日常に感じることはできない。存在しないのだから。

 

しかし無限を考え続けると1つ思いついたものがある。それは文章だ。言葉の選び方、内容、表現、様々な要因が複雑に絡まり合い1つの文章を描いている。文章そのものは無限ではないが、内容は無限種類ある。

こんな風に一風変わった文章も無限分の1なのだ。

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